「しまだゆきやす特集」に寄せて

「しまだゆきやす特集」に寄せて

4/1(日)20:30上映 シアターセブンにて
『私の志集 三○○円』『京都 借ります』『フェリーニの京都』(しまだゆきやす監督)、『連女』(2012、梅澤嘉朗監督)

 うちに一本の傘がある。持ち手が透明のプラスチックで、そのへんのスーパーでも安売りされているような、かろうじてビニール傘よりは丈夫なぐらいの、ごくありふれたものだ。色は鮮やかな水色。青ではなく、水色である。

 これはイメージリングスの事務所を訪れたとき、帰りに雨が降ってきて借りたものだ。イメリンにはたくさんの人が出入りしていたから、貸したしまださん自身も忘れていただろう。

 2008年にしまださんが『フェリーニの京都』という作品を撮影したとき、エキストラ兼手伝いとして京都まで行った。撮影日はあいにくの雨で、役者として出演していたシネ・ドライブ主催のプラネットの富岡さんは僧服に足袋姿でバイクにまたがり、雨あしの強まる夜の京都の街道をブイブイ乗り回した。風になびく黒い長い袖が水を吸って重たくなっていた。ほとんどスタッフのいない現場で、機材や衣裳や出演者を守るため、常に傘が手放せなかった。そのときに活躍した一本が水色の傘だった。

 2012年のシネ・ドライブでは先の富岡さんがしまださんの追悼特集を組んでくださった。ひとつはしまださん自身の監督作を集めた枠で、前出の『フェリーニの京都』も観られる。

 もうひとつはしまださんが企画・主催していた「ガンダーラ映画祭」からの特選セレクション。『遊泳禁止区域』の前田弘二監督はいまや言わずと知れた『婚前特急』の……だし、富士フィルム8ミリフィルムシングル8」の生産中止をモチーフに撮られた『フジカシングルデート』(村上賢司監督)は『SUPER8』よりも4年早かった。

 山下敦弘監督『パリ、テキサス、守口』に出てくる幻の一作『よっちゃん』を観に東京から大阪・守口まで出向いたこともあった。『よっちゃん』のビデオは守口市の公共施設「ムーブ21」のライブラリーに収蔵されており、市民であれば誰でも視聴できるが、今のところそれが目撃できる唯一の手段だと思う。

 その山下監督の新作『苦役列車』(今夏公開予定)では『金鮎の女』のいまおかしんじ監督が脚本を書き、『金鮎〜』の主人公である佐藤宏さんも日雇い人足の役で出演しているという。しまださんならどう観るだろうか。

 先日、不注意であの水色の傘を壊してしまった。電車に忘れても惜しくないような見かけだから、他人からしてみれば何かの理由でカッとなって折り破ってしまったとしても、気に病むほどでもない品物かもしれない。修理には出したが、破損したところが復元されたからといって、あったことがなかったことにはならない。そもそもあの傘が巻き込まれてしまったこと自体がしまださんらしいといえばらしいし、なぜよりにもよってあの傘だったのかと思案してみれば馬鹿馬鹿しいやら情けないやらでやりきれないのだが、一度壊れたものが元に戻るのはそう簡単ではない。誰かの不在を受け入れるには、とにかく時間がかかるのだ。

那須千里(『フェリーニの京都』出演/ライター)